日本語研修の発表会

发表会完了, 日语还要继续学…

感谢课长, 感谢小组长, 感谢tutor三人很早就跑去发表会坐着…隔天被课长小小表扬了一下, 嗯…在这里备个份…

BTW, 为啥现在做报告都比读书的时候要紧张很多呢…很不好!

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日中文化交流の歴史の中に、面白くて、意義深い事が色々あります。一般的に言えば、注目する時期が二つあります、中国の隋・唐の時代と、百年前の近代です。中国の隋・唐の時代には、遣隋使と遣唐使が中国から漢字や文化等を教えてもらいました。大抵の中国人は、これを知っていると思います。百年前の近代では、逆転しました。現代中国人が日常使う言葉には、日本から入ってきた言葉がたくさんあります。しかし、この事に関して、中国人はあまり知りません。

1898年、103日間続いた中国の戊戌(ウシュ)維新が失敗した後で、新派代表者の梁啓超(リョウケイチョウ)等が日本へ脱出しました。その時、日本語には欧米からの名詞や、用語等が既にたくさんありました。梁啓超が「佳人之奇遇」や、「経国美談」等を中国語に翻訳しながら、色々な新しい言葉を中国人に紹介しました。例えば、民主、科学、政治、経済、自由、法律、哲学、美学、幹部、方針、封建、抽象、現象、観点、進化、社会主義、資本主義…

その時期、 中国学者の厳復(ゲンプク)が欧米から中国語に翻訳した言葉もありますが、理解するのはちょっと難しいです。例えば、英語で「society」と「capital」は、厳復の翻訳では「群(グン)」と「母財(ムザイ)」です。結局、厳復が翻訳した言葉は普及しませんでした。統計によると、現代中国語の中で、人文社会や、科学等についての言葉の70%は日本から来ました。この割合はとても凄いと思います。戊戌維新後の十年は「日本に学んだ黄金の十年」と呼ばれます。

最近の二十年間、日本の映画や、ゲームや、漫画等によって、中国語は日本語の言葉に影響され続けています。日本語から入ってきた中国語には、「人気」や、「攻略」や、「量販」や、「写真」や、「暴走」等もあります。言語は文化の中でとても大切な一部で、文化交流と経済発展は深い関係があると思います。孔子(コウシ)は「三人歩けば、必ずわが師あり」と言いました。孔子はまた「敏にして学を好み、下問を恥じず」と言いました。日中交流の為に、頑張りましょう!

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